伊豆半島は静岡県、伊豆諸島(大島・八丈島など)は東京都――地図で見ると、地理的にはずっと近い静岡県や神奈川県ではなく、遠く離れた東京都に属しているのは不思議に思えます。この背景には、明治時代の府県再編にまつわる経緯があります。
伊豆諸島は「江戸との経済的なつながり」で東京へ
江戸時代から伊豆諸島の経済は、椿油・絹織物・魚介類といった特産品を江戸に運んで売り、生活に必要な物資を持ち帰るという形で、江戸との結びつきが非常に強い地域でした。明治9年にいったん静岡県に編入された伊豆諸島でしたが、明治11年、こうした経済的な結びつきを踏まえて東京府への移管が決定されます。
小笠原諸島は「地方の県では管理が大変」という事情
小笠原諸島は、江戸時代にはほとんど注目されておらず、一時はイギリス領になる寸前まで話が進んだ地域でした。開国後、政府はあわてて自国領として管轄下に置くことにしましたが、本州から1,000キロメートルも離れた島々を地方の県が管理するのは現実的ではないという判断から、東京の管轄とされました。
まとめ
伊豆諸島は経済的な結びつき、小笠原諸島は管理上の都合という、それぞれ異なる理由から東京都に編入されました。海に面していない内陸県とは対照的に、東京都は本土から1,000キロ以上離れた太平洋の島々まで含む、意外なほど広がりのある自治体なのです。
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