武士による地方支配が確立した後、戦国時代を経て江戸幕府が全国を統一すると、日本は「幕藩体制」と呼ばれる仕組みで治められるようになります。将軍を頂点とする江戸幕府の下に、約300もの「藩」が置かれていました。
藩とは「1万石以上」の大名の領地
藩とは、将軍から1万石以上の領地を与えられた大名の領地、およびその統治機構の総称です。幕末の文久2年(1862年)の時点で、江戸幕府は全国およそ300藩を通じて統治を行っていました。藩ごとに独自の藩主・家臣団・財政を持ち、ある程度の自治が認められていたのが特徴です。
「石高」という共通のものさし
藩の規模を測る単位が「石(こく)」です。石高とは、その領地で1年間に収穫できる米の量を基準にした、土地の生産力・経済規模を表す数値でした。同じ「藩」という言葉でも、加賀藩(前田家)のように100万石を超える大藩もあれば、1万石ぎりぎりの小さな藩まで、規模には大きな差がありました。
この300近い藩が、そのまま最初の「県」になった
この幕藩体制は、明治維新後の1871年(明治4年)の廃藩置県によって終わりを迎えます。当時存在した261の藩は、そのまま261の「県」に置き換えられ、既存の3府と合わせて3府302県という、今からは想像もつかない数の行政区画からスタートすることになったのです。江戸時代の藩の境界線がバラバラだった理由が、廃藩置県直後の府県の数の多さにそのまま表れています。
まとめ
飛鳥・奈良時代の律令制が地理の土台を作り、平安・鎌倉時代に武士が実権を握り、江戸時代には約300の藩がそれぞれ独自に統治を行う――日本の地方自治の歴史は、こうした何層にも重なる変化を経て、現在の47都道府県・1,850市区町村という姿にたどり着きました。
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