神奈川県の県庁所在地は横浜市、愛知県は名古屋市、兵庫県は神戸市――このように、都道府県名と県庁所在地の名前が異なるケースは、全国に十数県あります。他にも岩手県と盛岡市、宮城県と仙台市、茨城県と水戸市、石川県と金沢市、三重県と津市、島根県と松江市、沖縄県と那覇市など、例を挙げればきりがありません。
「戊辰戦争で負けた藩は県名を消された」は俗説
ネット上では「戊辰戦争で幕府軍に味方した藩は、罰として藩名(旧都市名)を県名に使わせてもらえなかった」という説がよく語られます。しかし、これは史実的な根拠のない俗説とされています。実際には、もっと地理的・実務的な理由が背景にあります。
本当の理由は「古い地名」と「新しい都市」のズレ
例えば兵庫県の場合、「兵庫」はもともと古くからの港町の名前で、その東側に明治以降新しく開港地として建設されたのが「神戸」でした。県名は歴史的に広く使われてきた古い地名(兵庫)を採用する一方、実際に県庁が置かれ近代化の中心になったのは新しく発展した神戸だった、というズレが生まれたのです。神奈川県と横浜市の関係も、これと似た事情によるものとされています。
まとめ
県名と県庁所在地名の違いは、勝敗による「懲罰」ではなく、明治維新前後の地名の変遷と近代化の中心地の移り変わりが、そのまま名前に残った結果です。皆さんの町の名前にも、こうした歴史のズレが隠れているかもしれません。
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