参勤交代で全国の大名が江戸を目指した道――それが「五街道」です。東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の5つの主要街道を指し、1590年代前半から整備が始まりました。
総延長は約1,500キロメートル
幕末期の記録『宿村大概帳』の集計によれば、五街道の総延長は379里27町31間、キロメートル換算でおよそ1,493.5キロメートルにのぼります。東海道では1601年、中山道ではその翌年に、宿場と伝馬(荷物運搬用の馬)の制度である「宿駅伝馬制」が敷かれました。
宿場町は「公用の見返り」として経営権を得た
各宿場は、幕府から公用の人馬提供を義務づけられる代わりに、一般の旅行者の宿泊や荷物の運送で生計を立てる権利を与えられていました。参勤交代の大名行列や公用の役人はもちろん、庶民の旅もこの宿場町の仕組みに支えられていたのです。
実は東海道より人気だった中山道
意外なことに、江戸時代の庶民の間では東海道よりも内陸を通る中山道の方が人気だったという指摘もあります。中山道には大きな川がなく、東海道で度々起きた増水による足止めのリスクが少なかったことが理由の一つとされています。妻籠宿・馬籠宿など、今も江戸時代の街並みを残す宿場町が中山道沿いに多く残っているのはこのためです。
まとめ
五街道は、参勤交代という制度上の必要から整備された道でしたが、結果として庶民の旅や物流を支えるインフラにもなりました。都道府県境や後の鉄道網にも、この時代に敷かれた道の記憶が今も残っています。
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