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沖縄の本土復帰(1972年)と、その後の変化

ドルから円へ、車は左側通行へ――たった1日で切り替わった暮らしの仕組み

1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の施政権がアメリカ合衆国から日本国に返還されました。この「本土復帰」によって、沖縄の暮らしの仕組みは一夜にして大きく変わることになります。

戦後27年間、アメリカの統治下に

1945年、沖縄では日本国内で唯一とされる大規模な地上戦が行われ、沖縄県民の推計で4分の1近くが犠牲になったとされています。戦後、沖縄はアメリカ軍の直接統治下に置かれ、1951年のサンフランシスコ平和条約でも引き続きアメリカの施政権下に留め置かれることが定められました。

「核抜き・本土並み」を掲げた返還交渉

1969年、佐藤栄作首相とニクソン大統領の会談で「核抜き・本土並み」返還の方向性が確認されます。1971年6月17日には日米間で沖縄返還協定が署名され、1972年5月15日、ついに沖縄の施政権が日本に返還されました。

通貨も車の通行方向も一斉に切り替わった

本土復帰によって、日本国憲法が沖縄にも適用されるようになり、通貨はそれまでのドルから円に切り替わりました。教育・裁判・行政の制度も本土に合わせて再編され、健康保険や年金といった社会保障制度も新たに導入されています。自動車の通行方向がアメリカ式の右側通行から日本式の左側通行に切り替わったのは、復帰から6年後の1978年(いわゆる「730(ナナサンマル)」)のことでした。

まとめ

沖縄の本土復帰は、単なる行政区分の変更ではなく、通貨・法制度・交通ルールまでが根本から切り替わる、日本の戦後史の中でも極めて大きな出来事でした。沖縄の祭りや文化には、こうした複雑な歴史を経てきた土地ならではの独自性が今も息づいています。

もっと詳しく知りたい方へ(外部リンク)

沖縄返還 - Wikipedia沖縄返還前後の動き(内閣官房)

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