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「北海道」の名付け親は、三重県出身の探検家だった

アイヌの人々への敬意を込めた「北加伊道」が、今の名前の原型

1都1道2府43県の中で唯一「道」を名乗る北海道。この名前を考えたのは、実は北海道生まれの人物ではなく、三重県出身の探検家・松浦武四郎でした。

13年間、6回にわたって蝦夷地を調査

松浦武四郎は1818年、伊勢街道沿いの一志郡須川村(現在の三重県松阪市)に生まれました。蝦夷地(北海道の旧称)に渡った武四郎は、その原始の自然に魅せられ、アイヌの人々とともに、全6回・13年にわたって山川草木のすべてを調査したとされています。この調査を通じて、北方四島も含む極めて詳細な地図を作成し、9,800にも及ぶアイヌ語の地名を記録しました。

「加伊」にアイヌへの敬意を込めた

明治2年(1869年)8月、開拓使判官となった武四郎は、北海道の名前だけでなく、11の国・86の郡の名前も考案しています。彼が最初に候補として示した名前の一つが「北加伊道(きたかいどう)」でした。「加伊」は、アイヌの人々が「この国に生まれた者」を意味する言葉「カイ」に由来しており、武四郎はこの地名にアイヌの人々への敬意を込めたとされています。

「加伊」が「海」に変わって「北海道」に

最終的に「加伊」の部分は「海」という字に置き換えられ、現在の「北海道」という名称が採用されました。古代の律令制における「五畿七道」の広域区分にならって「道」の字が使われた点も、当時の命名の工夫の一つです。

まとめ

今の「北海道」という名前には、アイヌの人々への敬意を込めようとした一人の探検家の思いが、形を変えながらも今日まで受け継がれています。地名の由来を知ると、いつもの呼び名が少し違って見えてくるかもしれません。

もっと詳しく知りたい方へ(外部リンク)

松浦武四郎 - Wikipedia

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