学べる. 歴史と制度
🕐

日本標準時はなぜ明石市なのか

「明石があったから東経135度になった」のではなく、順序が逆だった

日本には時差がなく、全国どこでも同じ標準時を使っています。この標準時の基準となっているのが、兵庫県明石市を通る「東経135度」です。しかし、その決まり方には意外な順序があります。

1884年、ワシントンでの国際会議がきっかけ

1884年(明治17年)、アメリカのワシントンで開催された国際子午線会議で、世界の時刻の基準となる経度0度を、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線とすることが決定されました。同時に「経度15度ごとに1時間の時差を設ける」というルールも定められます。地球は24時間で360度自転するため、1時間あたり15度という計算です。

日本は東経135度を選んだ

この15度刻みのルールに従い、日本は1886年(明治19年)7月13日、東経135度を日本標準時の子午線と定めました。実際にこの基準が適用されたのは1888年(明治21年)1月1日からです。

実は「明石市だから」ではなかった

ここで重要なのは、東経135度線には明石市だけでなく、京都府京丹後市、兵庫県淡路市、和歌山県和歌山市など、合計12の市が通っているという事実です。つまり「明石市があったから東経135度が標準時に選ばれた」のではなく、「たまたま東経135度線上に明石市があった」というのが正しい順序です。

「子午線のまち」を作ったのは地元の努力

それでも明石市が「日本標準時のまち」として広く知られるようになったのは、地元の積極的な取り組みによるものです。1930年には地元小学校の教員たちがお金を出し合い、東経135度線上に標識を設置しました。1960年には東経135度線上に明石市立天文科学館が建設され、こうした地道な活動の積み重ねが、今の「子午線のまち・明石」というブランドを作り上げたのです。

もっと詳しく知りたい方へ(外部リンク)

東経135度と日本標準時(明石市立天文科学館)

関連ページ

日本の人口重心はどこにあるか
都道府県境はどうやって決まったのか
他の「学べる」記事を見る