今治城(いまばりじょう)は、伊予国越智郡今治(四国・愛媛県今治市通町三丁目)にあった日本の城。昭和28年(1953年)10月9日に愛媛県史跡に指定された。別称「吹揚城(吹上城)」。
湯築城(ゆづきじょう)は、愛媛県松山市道後公園にあった日本の城。堀や土塁が現存する。国の史跡に指定されている。
松山城(まつやまじょう)は、愛媛県(旧伊予国)松山市に築かれた日本の城。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。「松山城」と呼ばれる城は、同じ現存12天守の一つである備中松山城(岡山県高梁市)など各地に存在する。本城も「伊予松山城」と呼び分けられることもあるが、松山市にあることもあり、単に「松山城」とした場合は一般的に本城を指す。 江戸時代に同地などを治めた伊予松山藩の藩主居城および政庁として築かれた。松山城が建つ勝山は「城山」とも呼ばれ、城跡の主要部分が城山公園として整備されている。四国最大の城郭であるほか、建物がよく保存されている。前述のように、現存12天守の一つである大天守を含む21棟が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。
大洲城(おおずじょう)は、四国の伊予国喜多郡大洲(現・愛媛県大洲市大洲)にあった日本の城。別名としては地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城(大洲の旧称)などがある。
宇和島城(うわじまじょう)は、四国の伊予国宇和郡宇和島(現在の愛媛県宇和島市丸之内)にあった日本の城。江戸時代は宇和島藩の藩庁となった。城跡は国の史跡に指定されている(1937年〈昭和12年〉指定)。別名鶴島城。
能島(のしま)は、瀬戸内海のほぼ中央、伯方島と大島との間の宮窪瀬戸、鵜島の南西に位置する無人島。愛媛県今治市(旧:越智郡宮窪町)に属する。属島として鯛崎島が南にある。
河後森城(かごもりじょう)は、愛媛県北宇和郡松野町松丸にあった日本の城(山城)。国の史跡。
出典:日本城郭協会「日本100名城」「続日本100名城」