地域史
滋賀県、30年の物語――16年7カ月ぶりに割った140万人、京阪神ベッドタウンの転入超過が途切れた日
2026年8月6日
滋賀県の人口は2013年12月に141万7,499人でピークを迎えました。京都・大阪へのアクセスの良さから、長年「京阪神地区のベッドタウン」として人口の流入が続いてきた県です。しかし2025年2月1日、人口はついに140万人を割り込み、139万8,972人となりました。これは16年7カ月ぶりの低水準です。
人口減少の直接的な要因は、県の分析によれば新型コロナウイルスの行動制限緩和後に顕著になった、進学や就職を機に県外へ転出する若者の増加でした。長らく転入超過が続いていた県が、7年ぶりに「転出超過」に転じるという変化も記録されています。京阪神へのアクセスの良さという同じ立地条件が、かつては人を呼び込む力として働き、行動制限が緩和された後は逆に人を送り出す力として働いた形です。
ただし、この流れは一方向には進んでいません。2024年の総務省人口移動報告では、隣接する京都府が14年連続の転出超過だったのに対し、滋賀県は2年ぶりに転入超過へ転じたことが確認されています。長期的な人口のピークからの減少という大きな流れの中で、年によって転入超過と転出超過を行き来する、ベッドタウンならではの敏感な動きが続いています。
滋賀県のアイデンティティの中心には、日本最大の湖・琵琶湖があります。京阪神への通いやすさという都市的な便利さと、県土の6分の1を占める琵琶湖という自然環境が同居する県で、人口の流れもまた、都市圏の景気や働き方の変化に応じて一進一退を繰り返してきました。
16年7カ月ぶりの140万人割れという記録と、その前後で転入超過と転出超過を行き来してきた敏感な人口移動。滋賀県のこの30年は、京阪神のベッドタウンという立地条件が、時に追い風に、時に向かい風になってきた歳月です。
この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています
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