地域史
岐阜県、30年の物語――世界遺産登録から30年、観光客3倍増の裏にある高齢化
2026年7月27日
岐阜県白川村にある白川郷の合掌造り集落は、1995年12月、富山県五箇山の集落とともにユネスコの世界文化遺産に登録されました。急勾配の茅葺き屋根を持つ合掌造り家屋が今も人の暮らす集落として残っているという点で、世界的にも珍しい遺産です。
登録から30年で、この集落を訪れる観光客の数はおよそ3倍に増えました。2019年には年間約215万人という過去最多の観光客数を記録しています。前年比では23.3%増、そのうち外国人観光客は25.2%増、日本人観光客も21.7%増と、国内外を問わず来訪者が伸び続けた結果でした。白川村の人口は現在も1,600人程度ですから、住民1人あたり年間1,300人を超える観光客が訪れている計算になります。
この観光客増加を後押ししたのが交通インフラの整備です。世界遺産登録後、東海北陸自動車道の整備が進み、2000年に五箇山インターチェンジ、2002年には白川郷インターチェンジが開設されました。大型バスや自家用車での来訪が格段に容易になったことで、団体ツアーや個人旅行の双方から観光客を呼び込めるようになったのです。今では、白川郷の宿泊客の6割から8割を訪日外国人が占めるといわれるほど、インバウンド需要の強い観光地になっています。
しかし、観光客数の華やかな増加の裏で、集落を実際に守ってきた住民の暮らしには別の課題が積み重なっています。世界遺産登録から30年が経ち、合掌造りの葺き替えや消火設備の維持など、集落を「生きた遺産」として保ち続けてきた住民自身の高齢化が進んでいるのです。白川郷は「売らない・貸さない・壊さない」という3原則を掲げ、住民が主体となって景観を守り続けてきましたが、その担い手そのものが減少しつつあるという矛盾に直面しています。
観光客が3倍に増えた30年と、それを支えてきた住民が高齢化していった30年。白川郷の物語は、世界遺産という「資産」を維持するコストは、観光客数の統計には表れない場所で静かに積み上がっていくのだということを教えてくれます。
この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています
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