埼玉県、30年の物語――国が人口を数え始めて一度も減ったことがない県と、消えゆく山間の町

地域史

埼玉県、30年の物語――国が人口を数え始めて一度も減ったことがない県と、消えゆく山間の町

2026年7月22日

1920年、日本で最初の国勢調査が行われてから、今日まで100年以上。この間、日本のほぼすべての道府県が一度は人口減少を経験しています。しかし埼玉県だけは違います。国の人口推計が始まって以来、一度も人口が減ったことがない、全国で唯一の県。これは決して当たり前の記録ではありません。

その原動力の象徴が、さいたま新都心です。かつて国鉄の大宮操車場だった広大な跡地に、2000年5月5日、新しい街が開かれました。以来、平成16年(2004年)には商業施設「コクーン新都心」が開業し、平成27年(2015年)以降は「コクーン2」「コクーン3」が相次いでオープン。延床面積7万6,000平方メートルを超える「コクーンシティ」として、北関東方面からも人を集める商業拠点に育ちました。2018年10月には広い芝生が広がる「さいたま新都心公園」も開設され、操車場だった土地は今、東京都心に通う人と、そこで暮らす人の両方を受け止める街になっています。

2025年10月の国勢調査速報では、埼玉県の人口は728万7,169人。令和2年(2020年)調査からさらに増加を続けており、東京都以外で唯一人口が増えている県として報じられたこともあります。東京への通勤圏でありながら、比較的手が届きやすい住宅価格。この「ちょうどよさ」が、100年間人口を減らさなかった最大の理由でしょう。

しかし、埼玉県全体の数字の裏には、まったく逆方向の物語も存在します。県西部の秩父市は、2000年に約7万人だった人口が2020年には約5万2,000人まで減少。20年間で4分の1近くが失われました。年齢層別に見ると、この30年で15歳未満の年少人口は約4割減った一方、65歳以上の高齢者人口は2.75倍に増加。高齢化率は1995年から倍増し、2023年には「消滅可能性自治体」として名前が挙がっています。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2020年から2050年にかけてさらに人口の約4割が失われ、3万5,800人程度になる見通しです。

さいたま新都心の芝生の上を歩く人と、秩父の山間で減り続ける集落を見守る人。どちらも同じ埼玉県民です。「一度も人口が減っていない県」という誇らしい記録の下で、県内では正反対の30年が同時に進んできました。

首都圏のベッドタウンとして拡大を続ける都市部と、静かに人口を減らし続ける山間部。この二つの物語をどちらも「埼玉県」として抱え続けていること自体が、この30年で最も埼玉県らしい変化なのかもしれません。

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この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています

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