神奈川県、30年の物語――造船所の跡地に14万人が働く街ができるまで

地域史

神奈川県、30年の物語――造船所の跡地に14万人が働く街ができるまで

2026年7月22日

横浜駅からみなとみらい線でひと駅。ランドマークタワーやみなとみらいホールが立ち並ぶこの一帯は、1983年11月に事業着工するまで、造船所と埠頭が広がる臨海の工業地でした。三菱重工業横浜造船所などの移転跡地に「業務・商業・居住が一体となった都心」をつくるという構想から40年余り。2025年時点で街区の94%以上が開発を終え、就業者数は約14万7,000人、事業所数は約2,050社、年間来街者数は8,000万人を超えるまでになりました。造船とドックの音が響いていた埋立地に、今は毎日、東京都心に匹敵する規模の人が働きに来ています。

この変化を支えたのは、みなとみらい21だけではありません。少し内陸の川崎市は、高度経済成長期、京浜工業地帯の中核として日本の産業を牽引した一方、大気汚染や水質汚濁といった深刻な公害に苦しんだ街でした。1980年代から企業・市民・行政が連携して環境改善に取り組み、その蓄積された環境技術が評価され、2019年には「SDGs未来都市」に選定されています。かつて煙突の煙を心配された街が、今は環境技術の発信地として名を挙げる側に回っている。これも神奈川県の30年が持つ、もう一つの顔です。

しかし、この30年は右肩上がりの物語だけではありません。神奈川県の総人口は2026年1月時点で約921万9,000人。2022年から2023年にかけては前年比3,276人減となり、2年連続の人口減少を記録しました。少子高齢化によって死亡数が出生数を上回る「自然減」が、転入超過による「社会増」で補いきれなくなってきているのです。

しかも、その減少は県内で一様ではありません。東京都心から離れ、平地が少なく開発の余地に乏しい三浦半島や県西部では慢性的な人口減少が続く一方、藤沢市や茅ヶ崎市といった湘南エリアは周辺自治体からの人口流入で増加を続けています。同じ神奈川県の中でも、「増える街」と「減る街」がくっきりと分かれ始めているのが、この30年で見えてきた現実です。

開発の勢いも、いつまでも続くわけではありません。みなとみらい21は2025年4月時点で事業進捗率が約98.6%に達し、本格利用が決定した土地の割合も約93.4%。造船所跡地を「街」に変える大工事は、いよいよ最終段階を迎えています。造ることができる余白が少なくなった今、神奈川県はこれからの30年、新しく生まれた街をどう使い、どう維持していくかという、次の課題に向き合うことになります。

造船所の音が消えた場所に14万人が働く街が生まれ、公害に苦しんだ街が環境技術の街になった一方で、半島の付け根では静かに人が減り続けている。神奈川県の30年は、一つの成功物語では語りきれない、いくつもの街の物語が同時に進んできた30年でした。

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この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています

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