京都府、30年の物語――外国人観光客2.3倍がもたらした「観光公害」という新しい課題

地域史

京都府、30年の物語――外国人観光客2.3倍がもたらした「観光公害」という新しい課題

2026年7月15日

京都府を訪れる観光客数は、2024年に5,606万人に達しました。中でも外国人観光客の伸びは著しく、2015年の482万人から2024年には約2.3倍の1,088万人にまで増えています。かつて「観光立国・京都」という言葉は誇らしい響きを持っていましたが、この30年で状況は少しずつ変わっていきました。

清水寺や祇園、嵐山といった人気エリアでは、歩くことさえ難しいほどの混雑や、路線バスなど公共交通機関のひっ迫が日常的な光景になっています。ある調査では、地域住民の80%以上が公共交通機関の混雑によって生活に支障を感じていると回答しました。観光がもたらす経済的な恵みと、暮らしへの負担。この両方を同時に抱えているのが、今の京都の姿です。京都市はこうした状況に対応するため、観光特急バスの運行や、手ぶら観光を推進するコインロッカーの満空情報発信など、観光客と市民生活の調和を目指す取り組みを進めています。

皮肉なことに、観光客が増え続ける一方で、京都市自体の人口は減少傾向にあります。住みたい町としての京都と、訪れたい町としての京都。この二つのバランスをどう取るかが、これからの京都府にとって重要な課題になっています。

そんな京都で、130年近く変わらず続いている祭りがあります。「時代祭」です。1895年(明治28年)、平安京遷都1100年を記念して創建された平安神宮の奉祝行事として始まりました。約2,000人・約2キロにわたる大行列が、明治維新の時代から平安京造営の延暦時代まで、京都が都であった千年余りの歴史を風俗絵巻のように練り歩きます。祇園祭、葵祭と並ぶ京都三大祭りの一つとして、今も10月22日に開催され続けています。

観光客が2.3倍に増える一方で人口は減り、130年変わらない行列が今日も京都の歴史を歩き続けている。京都府のこの30年は、「訪れられる町」と「暮らす町」という二つの顔の間で揺れ動きながら、次の答えを探し続けている歳月です。

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この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています

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