地域史
大阪府、30年の物語――1970年万博の記憶と、2025年万博がつないだ未来
2026年7月14日
1970年、大阪で開かれた日本万国博覧会(EXPO'70)は、日本の高度経済成長を象徴する一大イベントでした。それから55年後の2025年、大阪・関西万博が再びこの地で開催されました。2005年の愛知万博以来20年ぶりの日本開催で、政府は約3兆円の経済波及効果を見込み、半年間の会期中に2,820万人(うち訪日外国人350万人)の来場を想定していました。実際、2025年の大阪府内の延べ宿泊者数は5,760万530人と過去最多を記録し、万博の効果が数字にも表れています。
この30年で最も大きく変わったのは、暮らしの形かもしれません。大阪府の一般世帯数は、1970年の211万946世帯から2020年には412万6,995世帯へとほぼ倍増しました。中でも単独世帯(一人暮らし)は、1970年のわずか28万1,413世帯から2020年には172万7,107世帯へと、実に6倍以上に増えています。核家族で暮らすのが当たり前だった時代から、一人で暮らす人が当たり前にいる時代へ。統計の数字の裏には、大阪の暮らし方そのものの変化があります。
経済面では、大阪府内の実質GDPは2022年度時点で約41.4兆円。万博特需やIR(統合型リゾート)関連の建設投資などにより、2025年度には約45兆円まで伸びると見込まれていました。1970年の万博が「作る」時代の象徴だったとすれば、2025年の万博は「訪れてもらう」時代への転換点だったとも言えます。
一方で、江戸時代中期の稲荷祭を起源とし、300年以上の歴史を持つ岸和田だんじり祭は、今も変わらず9月・10月の岸和田の街を熱狂させています。重さ4トン、高さ4メートルのだんじりが猛スピードで角を曲がる「やりまわし」は、今も昔も大阪の秋を代表する光景です。
55年の時を経て同じ地で開かれた二つの万博、6倍に増えた一人暮らし世帯、300年変わらない祭りの熱気。大阪府のこの30年は、変わり続けるものと変わらないものが、同じ街の中で共存してきた歳月でした。
この記事はMACHI.編集部が中立的な立場で執筆しています
他のコラムを見る